
1-1 なぜマンダラートか?
⚫ 時代は変わる 社会は変わる 私たちの生きている社会は、20世紀から21世紀にかけて目まぐるしく変化してきた。 18世紀後半の産業革命は、20世紀初頭には工業化社会を迎えるまでになっていた。 それからの社会変革は目を瞠るものがある。 知識産業化社会、情報化社会、グローバル社会、コンピュータ化社会、等々、変化のスピードは止まるところを知らず、だ。 その中で、ひとり取り残されているモノがある。 それは、人間の側の対応だ。 人間の思考と言ってもいいし、人間のシステムと言ってもいい。 つまり、あなたの、頭の問題。 その頭の《使い方》の、問題だ。
⚫️ 能力から、脳力の時代へ あなたは、これまでアタマを、どう使ってきたか? いや、どのように使おうとしてきただろうか? 私たちは、これまで「能力」を問題にしてきた。 アタマの使い方を考えるとき、能力を高めることを考えたはずだ。 その能力とは何だったのか? 能力とは、工業化社会までの評価基準だったのだ。 やるべきことが決まっていて、評価基準も決まっている。 その上での、評価が「能力」だった。 そして、そのような場での、人間の能力差は、せいぜい10人力、特別に大きく見てもせいぜい100人力の、差だ。 分かりやすく例えれば、スポーツの世界。 どのスポーツも、正々堂々と、同じフィールドで、同じルールのもとに、同じような動作をすることで生まれる《結果》を競っている。 選手同士なら、その差は《僅差》だし、プロとアマの差ですら、大きな差がつくことはない。 その評価基準は、今、崩れつつある。 やるべきことの《ルール》が崩れてきたからだ。 今、私たちは、場も、ルールも、まったく違う相手と向き合っているのかも知れない。 言葉を変えれば、創造性、創造力の世界だ。 そこでは、能力の差などは問題になっていない。 何が差をつけるのかと言えば、この状況をどう考えるのか、自分は何をして生きようとするのか? という場の設定から考えなければならない。 そのゼロから考えるチカラが「脳力」です。 なぜなら、それを考えられるのは脳だから、です。 この「脳力」を考えるには、脳のことを知らなければならないし、これからの社会のことを知らなければならない。 これが「今なぜマンダラートか?」 という問いへの答えです。